「三つ子の魂百まで(みつごのたましいひゃくまで)」は、「3歳(幼い頃)の性格や気質は、100歳になってもほとんど変わらない」という意味のことわざです。脳の成長が著しい3歳頃までに形成された土台は、生涯続くことを示唆しており、幼少期のしつけや環境の重要性を説いています。ただし、「3歳までに覚えたことは忘れない」という知識やスキルに関する意味ではなく、根本的な性格や性質について語られる言葉です。
私の娘は、今、2歳9か月の2歳児の男の子と、9か月の0歳児の女の子の子育て中です。
二人の子供の育児と仕事を比較すると、仕事の方が楽だと言います。
特に上の子供が4月生まれで、保育園に通わせていますが、ほかの園児と比べて一回り大きく、やんちゃ盛りです。
実家に帰省しても、ディズニーチャンネルの番組をかけてもおとなしく観ることなく家の中をキャッキャ言いながら走りまわるのです。
妹をいじめるようなことはしませんが、何をするか分からないので、目を離すことができません。いたずらしても「こら」「あかん」と叱っても効果がありません。
ただ、ご飯を食べる前に「いただきますは?」と言うと両手を合わせて「いただきます」のポーズを取り、「はい、どうぞ」と言うと食べ始めます。
なんというか、犬や猫に餌を与える前に「待て」と言って、「はい」と言うと食べ始める行為と大して変わらないように思います。
自分の欲望を満たすための条件に値する行為はできるのですが、そうでないことは言うことを聞きません。来年の4月で3歳になるので、この子は、このままの人格で育つのかなと考えてしまいます。
孫なんで、子育ての責任は娘夫婦になりますが、娘は育児が大変で心の拠り所として実家に連れてきては、私たち夫婦が交代ごうたい、孫の面倒を見てやっている状況です。
「三つ子の魂百まで」という言葉は「人は変われない」と言っているのではありません。
むしろ、
・幼少期の経験や環境が
・人の思考パターンや行動の“土台”をつくる
という人間理解の深さを示しています。
たとえば:
・挨拶を大切にする家庭で育った人は、自然に礼儀を重んじる
・失敗を責められて育った人は、挑戦を避けがちになる
こうした無意識の行動は、大人になっても残りやすいのです。
そういった意味では、まだ、喋れないので何を考えての行動か分かりませんが、仏壇の前では手を合わせたり、いただきますの時にも手を合わせます。帰りには、車の中からバイバイと言って手を振るといった最低限の行動はできるようになってます。
まだまだ、幼児からどんな少年に育つのか分かりませんが、まっすぐに育って欲しいを願うばかりです。


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