この言葉は、吉本ばななの作品や思想に一貫して流れる“やさしさ”を象徴しています。
この言葉でまず大切なのは、
「心が壊れそうだ」と感じる感覚そのものを否定していない点です。
多くの人は、
・まだ頑張れる
・これくらいで弱音を吐いてはいけない
・もっと大変な人がいる
と、自分の限界を後回しにしがちです。
しかし吉本ばななは、心の違和感はすでに危険信号だと静かに教えています。
「壊れてから休む」のでは遅い。
壊れそうな段階で立ち止まることこそ、勇気ある選択なのです。
「休む」は逃げではなく、回復の行為
日本社会では「休む=怠ける」「逃げる」というイメージが根強くあります。
しかしこの言葉は、それをやさしく否定します。
休むことは、
・自分を甘やかすことではなく
・責任を放棄することでもなく
心を修復するための、能動的な行動です。
骨が折れたらギプスをするように、
心が限界を迎えそうなら、休息が必要なのは自然なこと。
休むことは「弱さ」ではなく、自分を守る知恵なのです。
休むことで「本来の自分」に戻れる
心が追い詰められているとき、人は
・本来の判断力
・優しさ
・感性
を少しずつ失っていきます。
この言葉は、
「休めば、また自分に戻れる」
という希望も含んでいます。
無理をやめ、立ち止まることで、
・呼吸が深くなり
・思考が静まり
・視野が広がる
そうして初めて、次に進む力が自然と戻ってくるのです。
「頑張り続ける人生」だけが正解ではない。
吉本ばななの世界観には、
「人生は直線的に前進し続けるものではない」
という考えがあります。
立ち止まる時期、何もしない時間、
心を休ませる空白
それらもまた、人生の大切な一部です。
むしろ、
休むことを許せる人ほど、長く歩き続けられる。
この言葉は、そんな人生観を静かに示しています。
この言葉がそっと伝えていること
この一文が本当に伝えたいのは、
「あなたは、壊れるまで頑張らなくていい」
というメッセージです。
誰かに言われなくても、
自分で自分に「休んでいい」と言ってあげること。
それは、心を大切に扱う第一歩です。
私は吉本ばななさんの、やさしさ・喪失・再生・生きづらさにそっと寄り添う言葉で人の心を支える点に共感を持ってます。
今年の年始から睡眠のリズムが崩れて、就労支援事業所へ通所できないことを怠けていると考えてしまいました。
夜眠れず、昼間帯も倦怠感が強く何もしたくない、何か行動を起こす意欲がない状態を続けてました。今は、自分に「休んでいい」と自分を責めないようにしています。
眠れない時は、起きていればい、眠たくなったら寝たらいいと思うようになり、少しずつ睡眠リズムを取り戻してきています。今日は今年、初めて通所ができ、少し気が楽になっています。


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